揺れ日記

熊本地震で被災。行政からも何の支援も無く一人で自費で県外避難転居しました。

どうにもならない

年が明け、熊本での仕事で応募していたところから面接の通知が届いた。

仕事を休み、スーツを着、早朝暗いうちに家を出て寒い中面接のために熊本に向かう。

 

ひとつは私がやりたくて経験を生かせる仕事。ただし会社の場所が郊外なうえ、通勤費が出ないため必然的に住むエリアが限られる。

 

昨年よりは随分増えたけども、賃貸物件が地震の影響がまだまだあるのか数が少ない。

面接で仕事の経験の話のあとに、地震後の一人で耐えた不自由な生活のこと、自費で転居までやってのけた話をしたら、そんなタフな人なら是非にと即決で採用が決まった。

しかし、私の必須条件である保証人不要物件が通勤可能エリアで無く、あちこち問い合わせしたけれど、住む部屋がどうにも見つからず辞退しなくてはならなかった。

 

もうひとつは以前勤務していた職場の他部署。

待遇が比較的良く通勤費が出るので住むエリアを絞らなくても良い。

決まればいいなあと思っていたけれど

しかしここは引越まで待てないと不採用になった。あーあ、である。

 

 

他にも熊本の派遣会社から電話がかかってきたりしたけれど、仕事や住む部屋が決まるまでには至らずで諦めるしか無いのかなあと思ってしまう。

 

昨年7月より県外避難者で希望する人にボランティア団体から熊日新聞が郵送されるようになった。

もちろん私の元にも数日遅れだったりするけど熊日が届くようになった。

 

最近県外避難者の連載が開始されているのだけれど、逃げたとか自分から出ていったのだから支援なんて必要無いとか、そんな声もあると書いてあった。

 

できれば熊本に残りたかったけれど、仕事の契約満了が7月で、無職までカウントダウンな状態で職場の宿舎に仮入居させてもらっていたので退職したら出なくてはならない。住む場所がなくなる。

 

住所不定もうすぐ無職。 

 

そんな状況で住む場所と仕事両方探すのは難しいと目に見えて分かっていたし、何より水が出ない生活や、寝る場所求めて彷徨う避難生活や絶えず続く余震に心も体も疲弊しまくっていた。

なら仕事求めてしばらく離れた方がと思っていたところに県外での民間賃貸物件に優先的に入居できる情報を得て、熊本を離れることに踏み切ったのだった。

 

だけど、私みたいに自費で賃貸物件に避難したのは県が県外避難者としてカウントしている数には入っていない。

熊日の取材対象もみなし仮設や公営住宅に入居している人ばかりで、完全に埋もれてしまっている。

 

いつ戻れるか分からないし、

もう諦めるしかなくて、こちらで住むことを考えた方がいいのだろうか。

 

美容室や病院など、用事があるたびに熊本に帰っていたけれど、昨年末からなるべく帰らないようにしている。

行き来の交通費の負担が重く、節約のためだ。

美容室もこちらで探し、通うことにした。

熊本の行きつけの美容師さんほどカットが上手じゃないけど、仕方ない。

 

だけど我慢し耐える事が地震以来2年近くずっとずっと続いていて、時々抑えられないくらいイライラしてしまって買い物先でとか、あちこちにあたってしまう。

 

ただ住み慣れた熊本で、落ち着いて穏やかに毎日を過ごしたいだけなのに。

それが叶わない。