揺れ日記

熊本地震で被災。行政からも何の支援も無く一人で自費で県外避難転居しました。

掬い上げられて

一年前、地震に遭ってから熊本を離れるまで

3か月近く仕事をしながら避難所や知人宅や宿泊先や職場や宿舎とか寝る場所と身体を洗う場所が変わり、水が出なくてトイレや汲みおく水は何処で、とか食べ物は何処で手に入るのかを毎日調べ、2回の引っ越し転居の手続き、お金の心配もあり転居後すぐ新しい仕事と、生活を立て直すことに必死だった。

とてもじゃないけどマトモな生活ではなかったな、良く耐えてたなと、思う。

 

転居先では分かろうとしない人々ばかりで、

心無い言動に傷つきフラッシュバックに振り回されている。

 

2回の大地震は夜だったのもあって

今でも眠れない夜が続いている。

 

頭髪は全て白髪になり、見える所だけ頻繁に自分で染めている。ちょっとかきあげると真白。

シミシワが増え、数歳分老けた。

顔面と頭皮に湿疹が出来、痒みとボコボコが引くのに数ヶ月かかった。

常に頭の中に「今地震が来たら」というのが

あって、ゆっくりお風呂に入れなくなったし、真冬でもシャワーでサッサと洗うだけ。

 

泣きたくても泣けず、心から楽しむこともなくて感情が死んだようになり、抜け殻になった私はただただ仕事だけして食事は餌のようになってしまった。

 

先日日帰りで熊本に帰った際に前の職場の

メンバーで集まった時に

「また痩せたね、大丈夫?無理してるんじゃない?」と言われた。

地震の事を転居先みたいに「わざわざいちいち細かく」聞かれないし言わなくてもいい。

言わなくとも分かるのがとても楽だということに気づく。

 

転居先で住替えを考えていたけれど、私の条件では難しく、地震のストレスもあって

この先生きていく事に意味が無くなり毎日毎日どうやって死ぬか、そればかり考えていた。

 

そんな時に有難いことに、ある方からまるで神様の手に掬い上げられるようなメッセージが届いていた。

誰かに頼る事なく1人で生きてきたように思ってきたけれど、それは間違いで誰かの支えがあってやってきてこれたのだ。

 

でも…頼っても、甘えてもいいのだろうか。

本当に困ったら、と思う。

 

不思議なもので、もうダメだとなった時に何かにひょいと掬い上げられるような、掴み上げられるような事が起きる。

癌が見つかった時も本震の時もそうでまだ死ぬのは早いと言われているような、そんな気もする。

 

私は誰かの支えに、誰かを支えられる

そんな存在になっているのだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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