揺れ日記

熊本地震で被災。行政からも何の支援も無く一人で自費で県外避難転居しました。

月の夜

「もう」なのか「まだ」なのか分からないけれど、あの2回の地震から7か月。

熊本から離れるまでは毎日余震で揺れの中で仕事をし、生活をし、夜は灯りをつけたまま浅い眠りで過ごしていた。

疲れはミルクレープのようにどんどん重なり

未だに取れないでいる。

 

もう揺れはたまにしかこなくて、慣れたよーと前の職場の同僚からメールが届く。

そうか慣れたのか、私は慣れなくて、揺れが嫌で飛び出したんだけど。

 

ツイッターで月を見るのがまだ怖い、という内容を見て、ああそうだ確かに月の夜だったっけと思い出した。が、月だったのか、発電機で点いていた外灯だったのか記憶が曖昧でぼんやりしていているけれど、月ということにしよう。

 

1回目よりも2回目の地震は真夜中で本当に生きた心地がしなくて、道路が波打ちひび割れていく様を初めてこの目で見た。

 

とにかく公民館に避難しよう、と割れたいろいろなものが散乱している歩道をおそるおそる歩き1人で長椅子に座ったまま、うとうとしかけた時に、

給水車が来ました!一世帯1袋です!皆様に行き渡るかどうかは分かりませんので並んでも配れないかもしれません!

と声が聞こえてきてとにかくぼんやりしたまま列に並んだのだった。

 

水が止まった公民館のトイレは既に悲惨な状態で、水が大事というのが皆ひしひしと感じていたのか、誰ともなく給水車が停まっている外に向かい走っていた。

外は暗く何時なのか分からないし、寒くて着の身着のままだからガタガタ震えながら立って列に並んでいると、

これからどうなるんだろうかとか昼間に風呂に水溜めたんですよー、とか前に並んでいる私とそう変わらない年齢の、主婦らしき女性たちがキャッキャと喋っているのを聞きながらふと見上げたら月が出ていて

 

あー、こんな夜も変わらず月は出てるし

他の地域ではいつもの週末なんだろうなあ、

暖かい部屋で不自由無く過ごしてるんだろうなあ、何で貰えるか分からない水の行列に並んでんだろ。

 

水道局の職員は黙々とこぼさないよう、大事にビニールバッグに水を入れている。延々同じ作業だ。

だんだん順番が近づいてきてどうやら水がもらえるかな…と思っていると、前に並んでいた女性たちが職員に「ご家族もいらっしゃるのに…ありがとうございます」みたいな事を言った瞬間、職員のひとりが一瞬キッと睨んだような表情をして黙ってバッグを渡していた。

女性も良いこと言ったはずなのに、という表情のままびっくりして「…ぁあ…じゃあ」などと

言い去っていった。

 

どんな思いでここに来ているのか、それぞれがそれぞれの事情を抱えている。

 

私の順番が来て、黙ってバッグを受け取ったかどうか、記憶が定かではない。

ただ月が煌々と照らしてて意外と明るかったことは覚えている。

 

あれからいろんなことがあった。

住まいや職場やらが短いスパンで変わり

出会いと別れと様々に忙しく

残ったのは疲労のみ、という毎日だ。

 

ただ、何があっても前を向いていかねばならないと思っている。

そして、わたしもまだ月を見るのがちょっと怖い。

広告を非表示にする