揺れ日記

熊本地震で被災。行政からも何の支援も無く一人で自費で県外避難転居しました。

半年経過

地震から半年。

わたしは熊本を離れ3か月が経った。

都市高速を走るバスに乗った時、きれいな海と夕焼けを眺めながら、素直に景色をきれいだなあと思える自分に気がつく。

熊本にいた頃や転居してすぐは道に咲く花、空模様の美しさに気づく余裕がなかった。

 

 

熊本とは違う、転居先のこの街のごみごみした感じや満員電車や人の多さや性質にまだ慣れないけれど、揺れの無い毎日が精神的な落ち着きを取り戻しているのは確かだ。

 

まだ夜は明るくしてないと眠れないし

夢に出るし眠りが浅かったり、地震ではない、ちょっとした揺れでビクつくけれども。

 

トイレに入れば当たり前の様に流れるし、水道からは水が出て顔を洗ったり歯を磨いたり出来るし、コンビニやスーパーに行けば棚にぎっしりと商品が並んでいるし、毎晩布団で休めて、食べたいものでも何でも好きなものを選び、温かい食事も出来る。

そう、何事も選ぶことが出来るのだ。

 

一日のごはんが冷えて固くなったおにぎり一つ、温かいお茶が飲みたくても水も手に入らない、トイレが使えない、お風呂も歯磨きはおろか手すら洗い流せない、何も選べない。

そんな毎日を過ごしていたのだから。

 

水が出ることひとつでも、こんなにもありがたいと思うなんて。

 

当たり前の生活が何もかもぶっ壊れた。

わたしもぶっ壊れたあの地震

誰も頼る人がいないし、いろいろひとりで踏ん張っていたけれども正直限界で、本当に辛くて、死んだ方が良かったかな…とも考えていた。

 

避難所で感じたのは熊本の人びとは意外と優しくなかったなあということ。

仕方ないけど自分たちの事で精一杯だから、ひとりでいるわたしには目もくれなかったし声もかけられなかった。

たくさん人がいるのに、孤独。

避難所でも何処でも自分ひとりで耐えて、何でもやらなきゃならなかった。

これが一番キツかった。

 

体調も悪くなりだし、精神的にもギリギリのそんな時に手を差し伸べてくれたのは、転居先となる、県外在住の知人だった。 

4日だけの避難だったけれど、その時間があったから落ち着いて今後のことも考え決められたし、いまこうしていられるのはその人がいたからだとも思う。

 

まだまだ熊本では不自由な生活を強いられている人びとがたくさん、たくさんいる。

本当に皆が当たり前の生活を過ごせるのはいつになるんだろうか。

住まい、お金、仕事、まだまだ課題は山のようにある。

夕焼けから暗く夜になりつつある空を眺めながら、そんな思いでいっぱいになった。

 

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