揺れ日記

熊本地震で被災。行政からも何の支援も無く一人で自費で県外避難転居しました。

5月3日~5日 り災証明と掃除の連休

世の中はGW。いつもなら遠出して散策したりするはずだったのに、

地震でめちゃくちゃな生活になってしまった。

 

依然として水が出ないため、不動産会社へ何度も問い合わせする。

が「みなさん同じ状況なので」といつ対応してくれるのか全く不明。

こんな状況なのに「契約なので」と家賃が発生し違約金も支払え、と言ってくるのも

おかしい気がする。

 

5月3日。朝から天気が悪い。トイレが使えないから外出しなくてはならないのだけれど。

今後のために、り災証明書を発行してもらいに市役所へ行く。

朝早く行ったにもかかわらずすごい人。整理券片手に待つ。が発行までそう時間をかけていない。

30分くらいで順番が来た。スマホで撮った亀裂の走った部屋の写真を見せ「まだ水が出ないしガスも使えない」旨を相模市からの応援職員に話す。

えええ!!まだなんですか、遅すぎやしませんかとびっくりされながらも

今は建物調査が出来ないので一部損壊で発行します。とすんなり発行された。

 

これがどんな効力を発揮するかわからない。あまり役にはたたないかもしれない。

だけど、いまもらっておかないといけないなと思ったのだ。

 

宿舎へ行き掃除。なかなかきれいになってくれない。

毛布や着替えなんかも持ってこなきゃな、何往復しないといけないだろうか、と考える。

 

GWは自宅マンションと宿舎の間をキャリーケースに当分の着替えや毛布やパソコンを詰めるだけ詰めて往復していた。はたから見たらどのように映っただろう。

車が無いから歩きだ。道がでこぼこしているし、あちこちゴミの山で運びづらい。

まさに苦行。

 

でもひとりだから全部自分でやらなければならない。

 

体がきつくても、つらくても、自分しか頼れないのだから。

 

一年後、そういえばきつかったなぁ・・とか懐かしく思い出したりするんだろうか、

その時の私は夜が怖くなくて、部屋を暗くしても平気になっていて日常の生活を送っているんだろうか・・ということをぼんやり考えていた。

 

5日の夕方、やっと突貫工事が仮に終了し水が出た、のだが、トイレから水漏れして

床が水浸しに。

他の階の人に会ったので聞いてみたらやっぱり漏水しているとのこと。

管理している不動産会社に連絡するも「はあ・・・そうですか」のみ。

このマンションも不動産会社もだめだな。

直感で退去を決めたけれども、よかったかもしれない。