読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

揺れ日記

熊本地震で被災、その後について書いています。

4月19日〜4月21日 避難中

朝が来た。今何時か分からない。時計を見ると午前9時。夜中に福岡着で寝たのが2時だったがかなり久々に熟睡出来たのか頭がすっきりしている。

知人はフリーで仕事をしていて私が寝た後も仕事をしていたのかまだ寝ていた。
当たり前のように水が出る洗面台で顔を洗う。
 
熱はまだあり、病院へ行くか悩む。
1日様子をみてから決める事にする。
前にもやった事があり、症状からいって腎炎か腎盂炎かなと思われる。
 
上司からメール。今日から全員安否確認をしなければならず、毎日報告せよとのこと。
 
その後、慣れない知人宅でモソモソと過ごし
昼は一緒に外で済ませる事に。
「何がいい?」と聞かれて遠慮もあり回答に困るが「とにかく温かい食べ物」と言うと
はっとした表情になっていた。 
 
私は粗食でも全く構わないし、余り食べなくてもいい方だが、最後に食べたのは月曜昼のアルファ米のみで考えたら丸一日食べていない。
 
昼はチェーン店のちゃんぽんに決まり、一口食べたら物凄く美味しくて、泣きそうになる。
 
こんな感じでゆるゆると好きなだけ寝て、何もしないでいた。
 
昼間買い物があり外に出たらすっきりと晴れ、静かで鳥の鳴き声も聞こえてきて、穏やかな春の昼下がりそのものだった。
当たり前だけど揺れも、サイレンも、戸惑う人びとも、ここには無い。
 
目の前の大型スーパーには食べ物も生活雑貨もたくさんあって、人びとの行列もなくスムーズに好きなものを選んで買える。
これが当たり前なのかもしれないが、地震で崩壊してしまった。
元に戻れるのか、またこうやって選んで買い物できる日が来るのだろうか。
 
店内に入り100均で簡易トイレと乾電池変換するのを見つけカゴに。
あと必要なもの、職場で困ってる人に渡すものは無いかと必死に店内を見て回る。
レジで並んでいるとわたしは電池とか震災グッズばかり。
他の人はいつもの買い物だからそれぞれに違うものだ。
買い物を済ませて長椅子に腰掛けたら思わず涙がこぼれた。
 
職場でもどこでもまだ皆大変な思いをしているというのに。
わたしだけ逃げてしまった。
本当にこれで良かったのか。と。
 
 
2日目には熱も下がった。
おしっこも元に戻った。ただ、ストレスから来る、お腹は下したのは治らない。
 
テレビから流れる情報を見聞きする度に動悸が治まらない。
 
20日の夜、知人が仕事でやっぱり他県に行かねばならなくなった、との事で明日ここを出ることに。
 
じゃあ一旦帰るか、と思ったものの朝から大雨で帰る事が出来るか分からない。
途中でJRも止まるかもしれない。
それなら何処かでもう一泊して明日帰ろう。
 
ちょうどツイッターでゲストハウスが無料で開放している、という情報を見たのを思い出し、宿泊出来るか問い合わせをしていたのだ。
 
予約で一杯なら別にホテルを探さないといけない。一か八か、再度問い合わせをする。
 
一か八かが、この逃避行のテーマとなっているようだ。
 
空きがある、との回答。
初めてのゲストハウス。
初めてそう親しく無い知人宅に転がり込む。
初めて被災者となった。
初めてのことばかりだな、と可笑しくなる。